2025年を振り返って

  • date : 2026-03-21
  • category : Music

2025年を振り返ろうと思う。
かなり遅いが、そもそも12月28日などに振り返ったとして、大晦日に急に動画がバズったらどうするのだ。
2025年の統括もガラっと変わってしまい、嘘を書いたことにならないか。
そう思うと筆が乗らない。とか言っていたら3月になってしまった。
もはや2025年度を振り返ってではないか。
まぁ、ともかく振り返ろうと思った。

2025年は11曲リリースした。アルバムも1枚リリースした。
去年の振り返りでも書いたけど、月1曲くらいのペースでアップロードするという目標を持って活動している。
その目標が概ね達成できたことは良かったと思う。
それを惰性ではなく、1曲1曲楽しんで、学びと成長を感じながら取り組めたことが何より嬉しい。
「2024年を振り返って」でも書いたが、本当にもうやめてやろうと思っていた。
創作なんて続けて何の意味があるんだと。
そんな状態から持ち直して、持続可能な形で取り組めているのは健康的で非常によいことである。

そして、自分は深刻ぶった顔していたくせに、全然真剣じゃなかったことに気づいた。
自分の才能や出来栄えが評価されることの苦しみにばかり気を取られて、創意工夫することの楽しさを忘れていた。
こんなにも時間を費やしてがんばっている自分のことばかり可愛がって、ほんの5分だけ耳を貸して聴いてくれる誰かという視点が抜け落ちていた。
2024年に感じたそういう気持ちが、より一層強くなり、もっともっとがんばろうと素直に思った1年だった。

どうすれば良くなるかなんて答えは出ないし、一度出した答えが次の日起きたら変わっているなんてこともざらだ。
これはいけるぞ!と思ってアップロードした後、聴き直して出来栄えに絶望し、穴があったら入りたくなることも多々ある。
そういう過度な反省とか、評価されることを求めて傷つくとか、そんな自意識に迷い込んでしまうのは、結局悪い意味で自分に期待しすぎているということだったのだ。
そして深刻そうな顔で「創作って辛いですね……」と浸っていた。甚だアホらしい。

「がんばったのだから評価されたい」と思うのは人のサガだが、「がんばったのだから評価されるべき!」と思ってしまうと話が変わってくる。
「楽しいからやりきれたし、悩んだり学んだりで、きっと次はもっとがんばれるだろう」
と自然にフラットに感じているくらいが人間ちょうどいいのだ。
そしてそれが聴いてくれたあなたにとっても良いものだったらもっと嬉しい。
そう考えて取り組むとDTMもイラストも楽しい。最近はギターも真面目に練習している。
今までどうせ自分は下手だしと拗ねている部分があったのだが、心を入れ替えた。
拗ねていたって何も楽しくないと今は思う。いったい何年拗ねていたんだ俺は。

こんなことを言いながら書く曲は相変わらず暗いのだけれど、
別に楽しくやろう!ってのは明るく前向きに!ってことではないのだと思う。
どうあっても自分は暗い人間だし、今更自分を好きになることはもうないだろう。
ではどういうことかと言うと、つまりとにかく謙虚であろうということなのだ。
まず自分が未熟であるという事実を受け止めること。
そのうえで、それでも好きだから続けるし努力するんだとか、聴いてくれてありがたいとか、
そういう当たり前の気持ちを捻くれずに持ち続けることが肝要である。
2026年の抱負は「謙虚」。
わたくし、謙虚ライオンとして生きていきます。
よろしくお願いいたします。